コーヒー体験記

ルンアルン暁の家(1/3)

2017年11月 チェンライ/タイ

みなさん、こんにちは!けんとです。

今回は、「コーヒー体験記」第4弾ということで、チェンライ県ウィアンパパオ郡にあるルンアルン暁の家にお邪魔した時のエピソードをご紹介します。

今回の調査地について

ルンアルン暁の家は、NGO「ルンアルン・プロジェクト」が運営する山岳少数民族(山地民)の子供たちのための教育施設で、チェンライ県のウィアンパパオ郡にあります。

ウィアンパパオ郡は、チェンライの中心地から南西に約80kmのところにある地域です。

チェンライ県ウィアンパパオ郡の場所はこちら!

ウィアンパパオにはチェンライとチェンマイを結ぶ主要道路である「国道118号」が通っており、その道路の左右に広大な水田が広がっています。

また、その水田の先には標高1,000m前後の山々が連なり、そこに山地民の人々が暮らしています。

ウィアンパパオの街並み

国道118号線を中心にして、さまざまな店や住宅が密集しているとても活気のある街。

ウィアンパパオの田園風景

国道118号線から離れると、広大な田園風景が広がっている。

写真の奥に見える山々が山地民の人々が暮らしている場所。

ルンアルン・プロジェクト

暁の家を運営する「ルンアルン・プロジェクト」の代表は、中野穂積さんという日本人女性の方です。

左:中野穂積さん、右:けんとです

このプロジェクトは、彼女が1987年に立ち上げた活動で、タイ北部の山岳地帯で生活している山地民の子供たちが教育を十分に受けられるように、山の麓に「生徒寮」を建設し、そこの寮母として子供たちと共同生活をはじめました。

1987年以降、じつに32年にわたりタイ北部で活動を続けてきた中野さんですが、どうしてこのような活動をはじめたのでしょうか?

1985年にタイ北部で農業研修に参加

中野さんは、当時チェンマイ県の南にあるランプーン県で農場を開いていた故谷口巳三郎さんの下で農業研修に参加したことがそもそもの始まりでした。

タイ北部「ランプーン県」

研修中、中野さんはチェンマイ県のとある山地民の村にあるロイヤル・プロジェクトの農場を見学する機会がありました。

ロイヤル・プロジェクト(ROYAL PROJECT)とは、プミポン前国王さまが始めたプロジェクトで、タイ国民の生活を豊かにするために教育や医療、そして農業などのさまざまなプロジェクトを展開しています。

「コーヒー体験記」の第3弾で紹介したドイトゥン・プロジェクトも、このロイヤル・プロジェクトの一つです。

中野さんは、そのロイヤル・プロジェクトの農場がある村でその農場の所長に「日本へ農業研修にいくロイヤル・プロジェクトのスタッフに、日本語を教えてくれないか」という依頼を受けました。彼女は山の麓とは異なる静かな村の雰囲気に惚れ込み、その依頼を受けることにしました。

教育を十分に受けることができない子供たち

中野さんは、現在の活動をするきっかけとなった出来事が大きく分けて2つあるといいます。

ある日、彼女は日本語を教えているスタッフがいる村を歩いていた際に、親の仕事や経済的な理由で教育を十分に受けられていない子供たちを見たそうです。

この時、中野さんは「子供たちも勉強する機会さえあれば、自分たちのなりたい職業に就き、自分自身の人生を歩むことができるはずだ」と思うようになったと言います。

日本人としての想い

また、彼女は日本人として山地民の人々に「返すべきもの」があると思ったそうです。

彼女は日本語を教えているロイヤル・プロジェクトのスタッフが滞在している山地民の村で、かつてその村に終戦後日本へ帰還することを夢見たが、叶わず息絶えた旧日本兵がいた事実を知りました。

その旧日本兵はマンさんと言い、彼は敗戦後、路頭に迷っていたところをその村のモンの人々(モンは山地民の中の一部族の名)に助けられ、彼らと共に7年間の月日を家族同様に過ごしたそうです。

さらに、マンさんだけではなく、他の旧日本兵の中にはカレンの人々(カレンは山地民の中の一部族の名)に助けられ、日本へ帰還しようとはせず、彼らと共に暮らした人もいました。

みなさんがご存知のように、日本はさきの大戦で敗戦しました。戦後70年を超えた現在でも終戦を迎えた時期になると、日本では第二次世界大戦の報道特番が組まれています。その特番の主な内容は原爆が投下されたことと平和に関する内容かと思います。

しかし、当時の日本軍がアジア地域の人々に多大なる迷惑をかけていた事実は、あまり紹介されていないかと思います。(決して、日本の原爆報道を批判しているわけではありません。)

戦争が終わった後も旧日本軍が行ったことは、地元の人々の心の傷として残っていました。

タイも例外ではなく、中野さんがタイへ訪れた当時も、彼女が日本人と分かるやいなや彼女にいろいろ言ってくる人が少なからずいたそうです。

しかし、山地民の人々は遠くから一人でやってきた彼女をあたたかく迎え入れてくれたそうです。中野さんは、このとき個人に対する恩義よりも、日本人として返すべきものがあると思うようになりました。

以上のような出来事があり、中野さんは山地民の人々のために何かできることがないか考えるようになりました。

子供たちのために生徒寮の寮母に

中野さんは一度日本へ帰国したのち、当時ランプーン県からチェンライ県へ農場を移していた故谷口さんの紹介でチェンライ県のメースワイ郡の山麓に生徒寮(リス生徒寮)を建て、11人の山地民の子供たちと共同生活を始めました。1987年のことでした。

当時のこの地域は、小学校や中学校の数がとても少ない状況でした。山地民の子供たちは、家族の仕事の手伝い教育に対する親の認識の低さから、学校に通うことが難しい状況でした。

そこで中野さんは、子供たちの親を説得し、彼らを山の麓にある生徒寮で下宿させることで、平地にある学校へ通いやすくしました。

現在の暁の家は、1995年に始まった2つ目の生徒寮です。

この生徒寮としての活動は2015年に終了し、現在は学校外教育の一環で中学・高校の卒業を目指す青少年の職業訓練コーヒーを中心とした農作物の生産・加工・販売を通して山地民の子供たちと彼らの持続的な発展に貢献しています。

暁の家までの道のり

暁の家の正門

国道118号から一般道に入り、東に徒歩15分のところに暁の家がある。

暁の家

敷地内はたくさんの緑にあふれている。また、犬や猫たちがのんびりと暮らしている。

グレーの猫がカフェーという若い猫です。好奇心が旺盛で、よくコーヒー豆を食べているそうです。

この子はシントー(ライオン)という暁の家で一番年長の猫です。

暁の家の食事

暁の家に到着後、すぐに昼食をご馳走になりました。手前は豚肉の炒め物で、奥の料理はキュウリのひき肉詰めのスープです。ライスは暁の家で収穫したもので、どれもとても美味しかったです。

終わりに

今回は、チェンライ県のウィアンパパオ郡で山地民の子供たちのために、教育支援などを行っているルンアルン・プロジェクト代表の中野穂積さんが運営するルンアルン暁の家にお邪魔した時のエピソードをご紹介させていただきました。

今回の記事はその前半として、ルンアルン・プロジェクトが始まった経緯を中心にご紹介させていただきました。

次回は、現在中野さんが力を入れているコーヒー栽培についてご紹介しようと思います。

それでは、今回はこの辺で失礼します。今後ともよろしくお願いします!

ルンアルン・プロジェクトの公式サイトはこちらから!

http://www.rungarun-akatsuki.ednet.jp/

ABOUT ME
けんと
けんと
初めまして、けんとです! 都内の大学に通っている大学4年生です。 趣味はサイクリングとコーヒーを飲むことです。 このブログでは、私がタイへ留学していた時に経験したエピソードを中心に連載していきたいと思います。 どうぞよろしくお願いします!